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【弁護士監修】親の不動産を守る「仮登記」作戦

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弁護士 辻 千晶 吉岡・辻総合法律事務所

更新日:2018年12月29日
親の不動産を守る「仮登記」作戦のアイキャッチ

不動産を所有する老親,なんとなく頼りなくて心配。だまされて,あるいは,情にほだされて,不動産をとられてしまいそう。そんなとき,どうやって親の不動産を守るか,その一つの方法を,私の経験の中からご紹介します。

1. Aさんのお母さんが困っています

結婚して都心の賃貸マンションに住むA(女性)さんから,お母さんのMさんのことで相談がありました。Mさんは,夫(Aさんのお父さん)から相続した郊外の一戸建てで一人住まい。

最近,Mさんの弟B(Aさんの叔父さん)がMさんの所に頻繁にやってきて,「事業資金が必要なので,Mの不動産を担保に貸して欲しい。決して迷惑をかけないから。」としつこく頼んでくる,この家はお父さんが苦労して建てた家だから絶対に手放したくはないのだけれど,Bには実家のことで世話になっていることもあり,強く拒否できずにずるずる返答を延ばしていたら,昨日は頼む頼むと5時間も粘られた,どうしよう・・・という悩み。

Aさんの家系図

2. 自宅を失うおそれ

もしここで, Mさんが自宅を担保に差し出すことを承諾してしまったら,万が一のときには,自宅が競売され,住居を失うことになります。
Mさんの場合,1万分の1=0.01%どころか,90%近い確率で競売されると私はにらんでいました。実際,その数年後にBは破産しました。Bが悪い人なら,Mさんから預かった登記書類を悪用して,すぐに第三者に売却してしまうこともあり得ます。

Aさんの例の以外にも,自宅をねらっているのが,叔父さんBではなく,第三者,例えば,高齢者に近づいて,その財産を巻き上げる悪徳金融業者C,悪徳不動産業者Dあるいは,リフォーム詐欺,振り込め詐欺など同類の高齢者の財産を狙う詐欺師Eなども考えられます。

3. なにが問題なのか

ここでのポイントは,親は成年被後見人でもないしミエミエの認知症でもないので,本人が同意して,必要書類を揃えてハンコをついてしまうと,有効に自宅不動産の譲渡や担保設定ができてしまうこと。後でだまされたことに気付いて,取り戻そうとしても,契約は有効なのでなかなか難しい。「善意の第三者」が現れてダメになることもあります。

では,実印や印鑑カード,権利証(登記識別情報)などを子供が預かってしまえば大丈夫かというと,そうでもありません。本人なら,新しい印鑑を実印登録できますので,子供が預かっている印鑑カードも印鑑も簡単に無効にする(実印としての効力を無くす)ことができます。権利証(登記識別情報)がなくても,有効な契約も登記もできます。
要するに,所有者本人がその気になれば,(当然のことですが)何でもできてしまうのです。

4. 私の提案 ~死因贈与仮登記作戦~

私は,さっそくAさん,Mさんに事務所に来てもらって話を聞き,Mさんに「弟の頼みは断りたい。自宅不動産は子供に継がせたい。」という強い意思があることがわかりました。そして,推定相続人がAさん一人であることを確認し,Mさんの不動産を守るために,死因贈与契約書を作成することとその仮登記をつけることを提案しました。
この仮登記を利用して,親の不動産を守ろうという作戦です。

5. 死因贈与とは

死因贈与契約というのは,贈与契約の一類型で,

民法544条に「贈与者の死亡によって効力を生ずる贈与」

と規定されています。
契約書には「MはAに対し,自宅不動産を,Mの死亡により効力を生ずるものとして本日贈与する。」という条項を入れます。

6. 死後の効果は相続,遺贈と同じ

Mさんの財産については,Mさんが何もしなくても,Mさんが亡くなった時点でAさんが「法定相続=法律」により当然に引き継ぐことになります。自宅不動産をAに遺贈するという遺言書があれば,「遺言=Mさん一人の遺志」により引き継ぐことになります。

死因贈与の場合には,「契約=MさんとAさんの二人の合意」により引き継ぐことになりますが,「法定相続」,「遺贈」,「契約」と形式が違うだけで,Mさんの死亡時に自宅不動産の所有権がAさんに移るという点で,死亡後の効果は同じです。

7. 生前の効果が相続や遺贈とは大違い

それなら,わざわざ契約書を作っても,相続や遺贈と同じでMさんの不動産を守る力などないのではないか,と思われるかもしれませんが,そうではありません。
権利義務の話でいいますと,Mさんの死亡までの間(つまりMさんが不動産をうっかり処分してしまいそうな危険がある間),相続や遺贈の場合はAさんには何の権利はないのですが,死因贈与契約では契約の時点でAさんに権利が発生します。売買契約をしたときの買主の権利と一緒です。

そのために,Aさんは自分の権利を保全するために仮登記が利用できます。死因贈与契約書には,「MはAに対し,本契約締結後直ちに,本件不動産につき甲の死亡を始期とする始期付所有権移転仮登記手続を行う。」と書かれます。相続する可能性があることとか,遺言でもらえることになっていることは,権利ではないので(仮)登記することはできません。
死因贈与にだけ認められるこの仮登記がこそが,Mさんの不動産を守る武器なのです。

8. 仮登記にはこんな力がある

仮登記について,不動産登記法は次のように定めています。

第105条(仮登記) 
仮登記は、次に掲げる場合にすることができる。
二 第三条各号に掲げる権利<筆者注:所有権>の設定、移転、変更又は消滅に関して請求権(始期付き又は停止条件付きのものその他将来確定することが見込まれるものを含む。)を保全しようとするとき。
第106条(仮登記に基づく本登記の順位)
仮登記に基づいて本登記(仮登記がされた後、これと同一の不動産についてされる同一の権利についての権利に関する登記であって、当該不動産に係る登記記録に当該仮登記に基づく登記であることが記録されているものをいう。以下同じ。)をした場合は、当該本登記の順位は、当該仮登記の順位による。

 
Aさんの例で,平成29年3月3日に死因贈与契約書に署名・捺印し,その日のうちに仮登記の申請がなされたとすると,登記簿の記載は以下のようになります。

順位番号:2 <順位番号1番はMが相続で所有者となった旨の登記>
登記の目的:始期付所有権移転仮登記
受付年月日:平成29年3月3日
原因:平成29年3月3日始期付贈与(始期 Mの死亡)
権利者:(住所)A

仮登記の効力

この仮登記というのは,順番待ちの整理券みたいなもので,Mさんの生前は順番を確保するだけですが,Mさんの死亡後は,Aさんは最優先の権利を主張できるようになります。例えば,その後にMさんが,弟Bに頼まれて,金融業者Cのために抵当権を設定しても,不動産業者Dに売却したとしても,Mさんが亡くなった途端に,Aさんは,C,D,の権利をないことにすることができ,平成29年3月3日のまっさらな状態で不動産を取得することになります。

9. 買い手にとっては危険,無価値の不動産

逆の立場,すなわち,この不動産を買おうとするCや担保にとろうとするDの立場から見ると,このような仮登記がある場合には,大金を払って買っても,お金を貸して抵当権を設定しても,後で必ず(生者必滅です)覆されてしまう,危険きわまりない不動産であることがわかります。転売しようにも,そんな危険な不動産を買ってくれる人はいる訳がありません。権利が泡のように消えてしまうことが確実な不動産に手を出す人はいない,という訳で,Mさんの自宅は誰も買わない誰も担保にとれない不動産ということになります。

当然,買い手にとっては,この不動産は無価値です。
こうして,親の不動産をとられてしまうのを防ぐことができるのです。

10. 死因贈与には贈与税がかかるのでは

死因贈与も贈与契約の一種ですから,贈与税がかかるのではないかと心配になりますが,税務上の扱いは,相続と同じになります。普通の贈与では登記した時に贈与税がかかりますが,死因贈与の場合は,贈与契約をしたり仮登記時をつけたりしただけでは贈与税はかかりません。AさんにはMさんの死亡後に相続税が課税されます。

国税庁のホームページ ↓ でご確認下さい。
https://www.nta.go.jp/taxanswer/sozoku/4105.htm

11. 死因贈与が撤回されたら

遺言がいつでも書き換え可能なのと同様,死因贈与も自由に撤回できるから
「MさんがAさんへの贈与契約を撤回してしまったらおしまいではないか,仮登記していても無意味ではないか」という不安も残ります。
しかし,仮にMさんが撤回しても,Aさんの仮登記を抹消するにはAさんの同意が必要になりますし,Aさんが同意しない場合には,仮登記抹消請求の訴訟をおこさない限り,Aさんの仮登記は残ります。

面倒な仮登記がついたままで,訴訟を起こさないとそれが消せない不動産なんて,誰も欲しがらないでしょう。
そもそも,負担付死因贈与(Aさんがただもらうだけではなく,Mさんの世話をするなど,一定の負担を伴う契約)の場合には,撤回自体が認められないこともあります。

12. 他に推定相続人がいる場合

上記Aさんの例では,推定相続人がAさん一人(単独相続)でしたが,他に推定相続人がいる場合(共同相続)には,状況に応じて多少の修正や工夫が必要になります。

例えばAさんに兄Fがいる場合に,D,Eら第三者から狙われているときには,死因贈与をMとA・Fの契約にして,権利者A・F(2分の1ずつ)の仮登記をつけるようにしても良いでしょう。Mさんの財産が自宅不動産だけの場合,Aさん単独でもらうことになると,Fの遺留分(4分の1)を侵害する可能性がありますし,本登記をするときに,Fの同意が必要となって,もめることがあります。
しかし,Fが親に迷惑ばかりかけてきた放蕩息子で,F自身が親の財産を狙っているときには(こうした事例も,実際に何件がありました),Aの単独名義にしないと,親の財産を守ることはできません。

13. 早めに弁護士に相談を

このように共同相続の場合には,状況に応じて対応が千差万別になります。また,親御さんの状況によっては,別の方法,例えば,財産管理契約+任意後見等をご提案することがあります。ちょっとでも親の不動産について心配がある場合には,死因贈与+仮登記を一つの選択肢として念頭におかれた上で,個別の事情を伝えて,早めに弁護士に相談されるのがよろしいかと思います。

身近に相談できる弁護士がいない場合には,当サイト内で,不動産問題に強い弁護士を捜してみてください。

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